日本人ギャンブラー、柏木昭男

ギャンブラー

.ギャンブル界で「ウォーリアー(戦士)」というニックネームで呼ばれた柏木昭男氏。ギャンブル好きの日本人なら誰でもこの名前を知っていることでしょう。彼はギャンブル界では有名な存在であり、ギャンブルを始める前は、不動産業で成功を収めていました。まず山梨で不動産業を始めた後、まもなく山梨の不動産王として知られる存在になった彼はまた、ラスベガスやアトランティック・シティにある多くのカジノで巨額の掛け金を張ることでも人気がありました。

柏木昭男の事業背景

前述の通り、山梨を拠点とする偉大な不動産投資家であり、貸金業者であった柏木氏は、「柏木商事」を設立、経営します。多くのインタビューの中で彼は、自分の最大のインスピレーション源は自分自身であり、山梨県で不動産業と貸金業を営む上で唯一の責任者であると語りました。同氏の会社は事業年度毎に約100億円(1億ドル)の利益を計上。自身の事業に多額の投資や融資をしているにもかかわらず、それをひた隠しにすることがありました。彼が所有していたクレジットカードの請求書や報告書ではすべての詳細が「ビジネス」として申告され、お金の出所については何も触れられていなかったとされています。

柏木昭男の事業背景

柏木昭男のプレイスタイル

彼は不動産業に多くの時間を費やした他にも、巨額の財産をカジノでのギャンブルにつぎこみました。特にバカラを好んで多額の金を賭け、一度に10万ドルから20万ドルを賭けることでも注目を浴びる存在でした。しばしば多くのカジノでVIP顧客扱いとなり、アトランティックシティ・カジノからもバカラ勝負を申し込まれます。そして1990年には「トランプ・プラザ」から対決を申し込まれた彼は、この勝負で1200万ドルを賭けることになります。

その結果、チップの形で200万ドルを残し、1000万ドルを失うことに。映画「カジノ」に登場する「K.K.イチカワ」と呼ばれる人物は、柏木氏がモデルになっています。

柏木氏は1000万ドルを失った後にカジノを再訪したと、インタビューの中でトランプ氏は語っています。同氏は、仲間や対戦相手が50万ドルを持つ中、100万ドルのチップを手にバカラテーブルに座ったものの、カードが配られる前にテーブルを離れ、戻らなかったと言われています。

柏木昭男のプレイスタイル

柏木昭男の死

柏木氏は富士山麓の自宅で、腹部を日本刀のような刃物で150か所もメッタ刺しにされた状態で発見されました。同氏はトランプ氏に対して総額400万ドルの未払いの負け金があったとされています。そして長い年月の間に柏木氏の物語は忘れられ、事件は未解決となっています。

日本人ギャンブラー、柏木昭男

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